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松山地方裁判所 昭和32年(ヨ)230号 決定 1957年12月05日

債権者 檜垣正之

債務者 井手勉

主文

本件申請を却下する

申請費用は債権者の負担とする

理由

債権者は、「債権者の債務者に対して有する頼母子掛返金一四五、〇〇〇円の債権の執行を保全するため、債務者の第三債務者国(愛媛大学学長辻田力)に対して有する別紙目録記載の債権は仮にこれを差押える。第三債務者は債務者に対し前記債権の弁済をしてはならない。」との裁判を求め、その申請理由として別紙記載のとおり述べた。

按ずるに、債権者の本件申請には、債務者の第三債務者に対して有する債権の仮差押命令の申請と右申請が認容される場合を予想してした債権仮差押の執行の申立との両者を包含していることは本件申請書に徴して明らかである。しかしながら、債権者の本件仮差押申請は、その申請の趣旨から判断して、概括的に債務者の財産である金銭債権一般につき仮差押を求めるものではなく、特に債務者の第三債務者国に対する別紙目録記載の退職手当債権を限つて仮差押を求めるものであると認めるのが相当である。

右退職手当が昭和二八年法律第一八二号国家公務員等退職手当暫定措置法(以下単に措置法という)に基いて国家公務員が退職する場合に支給される金銭であることは明らかである。そうすると、果して右退職手当債権に対する仮差押の執行が許されるかどうかについて先づ判断しなければならない。国家公務員の退職に伴い支給される金銭には、右措置法に基く退職手当の外に、恩給法による恩給および国家公務員共済組合法による退職一時金とがあるのであるが、右恩給および退職一時金はいずれも各法律が明文(恩給法第一一条国家公務員共済組合法第二八条)をもつてその差押を禁止しているのである。然るに、措置法には右のような差押を禁ずる規定はない。しかし、同法の規定の内容について考えてみるに、第一条第二項が、同法は恩給法の規定による恩給、国家公務員共済組合法の規定による退職給付および措置法による退職手当を綜合する新たな退職給与制度が制定実施されるまでの暫定的措置を定めたものであることを明らかにしていること、同法が傷い疾病による退職の場合(第四条)および整理退職の場合(第五条)等退職による生計上の脅威が大きい場合と普通退職の場合(第三条)のようにその脅威の程度が一般に右に比べて低い場合とにより退職手当の額に差等を設けていること、同法第九条において三〇日前の予告のない解雇によつて労働者の被むる生計上の困難を救うため設けられた労働基準法第二〇条第二一条の規定に該当する場合の解雇予告手当は措置法の一般の退職手当に含まれるものとしていること、同法第一〇条において退職手当の額と失業保険法の規定により計算した失業保険の給付額とを比較し前者が後者に充たない場合の差額を退職手当として支給する考慮が払われていることが認められるのである。右措置法の前記の内容から判断すると、措置法により支給される退職手当は、恩給法による恩給、国家公務員共済組合法による退職一時金と性格を同じくするもので、単なる永年勤続による賞与金、功労金の類とは異なり、退職時に本人および本人の扶養する者が一時に必要とする生計資料に充てるため支給されるもので、これを受ける権利は受給者の一身に専属し、他にこれを譲渡することができないものと解すべきである。このような譲渡性のない債権に対しては仮差押の執行もすることはできないというべきである。(東京高等裁判所昭和三一年(ネ)第六一七号同年九月一二日第五民事部判決参照)

およそ、仮差押債権者が債務者の第三債務者に対して有する金銭債権一般について債権を特定しないで仮差押を求めるのではなく、当初から仮差押の目的を特定の債権だけに限定しその他の一般債権は仮差押の目的としない趣旨で仮差押の申請をした場合には、裁判所はその申立に拘束せられ、これを超えて他の債権に対する仮差押執行を許容できるような仮差押の裁判をすることはできないと解すべきである。しかして、本件仮差押申請が、その目的を別紙目録記載の退職手当債権だけに限定し、その他の一般債権はこれを除外していること前記認定のとおりである。してみると、右退職手当債権に対する仮差押の執行が許されない以上、仮差押申請そのものもこれによつて申請の目的を達し得られないことが明らかであるから、申請要件としての保全の必要性を欠くこととなり、許されないものというの外はない。したがつて、本件仮差押申請は、その余の点につき判断するまでもなく、失当として却下を免れない。

よつて、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を準用して主文のとおり決定する。

(裁判官 木原繁季)

別紙

申請の理由

一、債権者は申請外田村源一郎発起の田村会頼母子講の講総代で既未取講員の掛金返掛金の取立又は落札者に対する講金の給付その他一切の講務を掌理する権限を有するものである。

二、本講は

講金五拾五万円(内金壱万円会費)

口数二十二口

三、一口の掛金 金二万五千円(本講は喜捨法によるもので遂次その額逓減し且つ会座開催の日の期間も短縮せられる構成である)の規約なるところ債務者はこの講の一口の加入者で昭和三十二年四月廿一日開催の第十番会に於て右講を落札し爾来終回まで毎回金弐万五千円の返掛をなす義務存するに落札後昭和三十二年九月十四日の第十五番会迄の返掛を為したるも其の余の六四分返掛金拾五万円は一切支払を為さざるにより債権者は講規約に則りこれが請求の訴訟を提起すべく準備中であるが債務者はこのほどその務め先きである愛媛大学事務局を退職すべく学校当局に辞表を提出した由仄聞するにつき今にして其の受くべき前示退職金を仮差押えなし置くにあらざれば後日債権者が勝訴の判決を得るも執行不能に帰するおそれがあるので、これが保全の為本申請に及びし所以であります。

目録

一金 拾四万五千円也

債務者が第三債務者より債務者の愛媛大学事務局退職したる場合これに伴い支給をうける退職手当金百参拾万円の内金

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